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Far Cry 5 クリア後感想

 ファークライ5(Far Cry5)は、2018年3月29日に発売されたファーストパーソンアクションアドヴェンチャーゲームです。

 プレイしていて感じたこととしては、ファークライ、というよりも、UBIが得意とするところの、いわゆる『社会風刺』。現代社会への『皮肉』的なメッセージの込められた作品だな、というものでした。

 ゲーム性は、あまりにも楽しすぎて、クリアするのがもったいないほど。私はサブクエストの消化や、武器、車などのショッピングを楽しんでクリアまでの時間を大幅にとられました(笑)。
 そんな時間を大量にとられてしまうファークライ5ですが。クリアした時は、前述の通り、やはり『ああ、安定のファークライだな』という印象を受けましたね。

 ファークライという作品は、シリーズを通して『善悪』の概念を区別することが難しい作品です。
 今までの日本でも、登場人物は、皆が、それぞれの正義、『信念』を持って行動している、という作品が多いのですが。
 海外のゲーム、また映像作品では、ヴィランという明確な『悪』が存在しており、それを『善』の存在であるヒーローが倒すというイメージを持っている人が多いのではないでしょうか。
 もちろん、これは私自身の考えであり、今までの日本は、より単純な『勧善懲悪』的作品を好むという傾向があるようにも思えます。

 では、ファークライという作品は? と、言いますと。前述の通り『善悪』の二元論で語り切れない複雑なシナリオの構成となっています。まだ発売して日が浅いので、具体的なことは、差し控えますが。
 物語りの『主人公』という存在の行動。それらが果たして『善』であるのか? そこがポイントとなってゆきます。
 今作ではカルト集団を相手に戦ってゆく訳ですが、しかし、『カルト』の指導者とは、それぞれが己の『信念』を持っている存在です。日本のお金の亡者である似非宗教家とは違い、本当の意味での『救済』を願っているのです。

 確かに、カルト集団による問題は世界各国で起こっているものです。
 では、それをテーマとした『ゲーム』作品を作り、シナリオを描き上げたらどうなるでしょうか?
 『ファーザー』を頂点として、洗脳された信者たちが主人公たちを襲う。街を壊してゆく。これらは確かに『悪意』ある行動ですので、彼らに『救い』はありません。
 しかし、問題は『洗脳』を受けた信者ではなく、それらを動かしている『指導者』であるところの『ファーザー』にあるのであって、彼が『信者』をきちんと管理することが出来れば、問題なく『宗教団体』として行動することが出来たのでは?

 シナリオの『ラスト』では『主人公』らが行った『ファーザー』たちへの『抵抗』に対する『問いかけ』を、プレイヤーに投げかけてきているように思えます。
 私たちは、普段から自由に生きていますが、それらの行動をよくよく考えてみること。
 行動した『結果』を考えてみること。そういったメッセージが『ファークライ5(Far Cry 5)』にあるのではないかと感じました。

 以上、ファークライ5、クリア感想でした。
2018-05-04 : ゲーム関連 :
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