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映画「ゴジラ モスラ キングギドラ大怪獣総攻撃」感想

 平成ガメラ三部作の金子監督が指示したゴジラ作品ということですが、本作品はゴジラという存在の意味を語る上でも外せない作品といえましょう。
 私はガメラシリーズもゴジラシリーズもどちらも大好きで、ほとんどの作品をみていますが、このゴジラ・モスラ・キングギドラ(以下GMK)は、平成ゴジラの中では特にお気に入りですね。
 こういった「怪獣バトル」に分類される作品は、比較的ストーリーが子ども受けしやすいために、怪獣特撮系としては人気のでやすいジャンルでもあります。
 しかし、このGMKも、ガメラも、一応は「怪獣バトル」に分類されますが、どちらかというと対決が主題となっているのではなく、別の「メッセージ」が込められているところに共通点があります。
 では、詳しい感想に参りましょう。

 作中台詞「あれは……、原爆……」。

 金子監督らしいといえば、らしい作風の作品だった。
 今までの作品はなかったことにして、最初のゴジラ以降ゴジラはでてきていないという設定だ。もちろん、今までの作品を否定しているわけではない。
 概念として「国」を捉え、星をひとつの生命体、つまりは「地球」も生きているのだ、とする考え方がガメラ同様に生きていた。
 今回のゴジラは、名物怪獣がでてくる、というところが見所ではない。もちろん、怪獣どうしの戦いも多いが。
 重要な点としては「決して忘れてはならないことがある」というメッセージが含まれていることだろう。
 まず根源として、ゴジラには原爆などの放射能関係による問題が多い。そこが本作品では強調されていたように思う。
 そして……。護国。つまりは防人という存在の意味について問うてくる作品であった。


 以下ネタバレ含む感想。

 あらすじ。
 昭和に「ゴジラ」が現れ、国防軍(実際はとある科学者の生み出した劇薬)の手によって葬られてから、はや五十年が経とうとしていた。徐々にゴジラの存在は風化してゆき、日本人はゴジラの恐怖を忘れていった。
 そんな最中、信号が途絶えた原子力潜水艦の救出に向かった日本の潜航艇「さつま」が、青白く光る巨大な怪獣の背びれらしきものを目撃する。そして、その後、ゴジラが再び日本に上陸するのだった。

 このゴジラは「死亡したゴジラの残留思念に、戦争の恐怖を忘れた人々に対する、太平洋戦争で散っていった人々の恨みが集まった集合体」。つまりは「怨念」そのものであり、国防軍の開発した対怪獣用の兵器は全く意味を成さなかった。
 唯一対抗できうる存在は、かつて大和の人々に封じられ、霊魂を沈めるために「護国聖獣」として祭られた三体の怪獣。地の神「バラゴン」。海の神「モスラ」。天の神「ギドラ」だけであった。彼らは、人間の味方ではないが、ゴジラとは敵対する存在だ。しかし、バラゴン、モスラの二体は、奮戦むなしく、ゴジラの前に散ってゆく。

 この滅された二体から力を得て千年竜王「キングギドラ」として覚醒したギドラの手によって、ゴジラは徐々に傷を負ってゆくが、最強の神すらもゴジラの前に散った。
 しかし、ゴジラの恐怖を覚えており、自らの「護国の精神」によって、ゴジラに対抗しうる精神を持っていた国防軍のひとりの准将が、特殊兵器をギドラが与えた傷に撃ち込み、ついに風穴をあけるほどの深手を負わせることに成功した。

 怒りに狂うゴジラは「放射能熱線」を放とうとするも、あいた穴から放射能が漏れ出し、ついには自身の力に耐え切れず爆散する……。ゴジラは死んだ。ゴジラの脅威は去った。だが、忘れてはならない。「戦争の、核の恐怖」を。そしてなにより「護国」の精神を。

 終わり。

 ゴジラとは、もともとは「原爆」という兵器による被害者であり「人間が生み出してしまった恐怖の象徴」として描かれていました。これは昭和初期ゴジラの発想で、この観点からいえば、ゴジラは「核」を生み出した人間を「憎むべき対象」として捉えていることになります。
 つまりは「ゴジラ」は「人類と完全に敵対する」存在であるといえましょう。ようするに悪役(ゴジラにとっては不本意ですが)というわけです。この初期ゴジラは非常に恐ろしい描かれ方をしており、まさに「恐怖の権化」といえます。

 この第一作目が、もっとも「ゴジラの持つ根源的な意味」を表している作品でありましょう。
 これが徐々に「怪獣バトル」ものに以降し始めると、ゴジラ作品は「メッセージ性の強いもの」と、「娯楽性(エンターテインメント性)の強いもの」と区別することができるようになります。

 またそうなると、娯楽性の強いものは、上記の通り大人よりも子どもが好む作風となることとなり、残念ながら、これがゴジラの作風が一定にならず、ゆれ始めてしまうことになった原因といえるでしょう。
 もちろん大人が娯楽性を好まないとは言いません。作品の「内容」に触れて考えても、例えば「G細胞」などの単語がでてくるゴジラシリーズは、古くからのゴジラファンに喜ばれる内容となります。
 一方で、メッセージ性が強いものは、初期ゴジラや、ガメラのギャオスのように環境(生物)問題などを取り扱ったものが当てはまり、これは「怪獣」ではなく「内容」に焦点を当てたものとなります。

 では、本作品「ゴジラ モスラ キングギドラ 大怪獣総攻撃」(いつも思うけれどバラゴンかわいそう……)はどうか、と考えてみます。

 まず娯楽性という点でみると、これはあまり強く描かれていません。せいぜいがゴジラとバラゴンでの一方的なキックキックの戦い程度です(ゴジラがバラゴンに蹴りを加え、マスコミが実況する)。
 他には登場人物たちの掛け合いでしょうか。B級番組ばかりとっているテレビ局のレポーターが一応の主人公なのですが、その周囲の人物たちの掛け合いは、まあそこそこ笑えます。

 続いて、メッセージ性という点でみると。ゴジラの存在は、本作品では「戦争の恐怖を忘れることに対する警告」という形で描かれているように思えます。

2018-02-23 : 映画関連 :
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