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小説「ジーキル博士とハイド氏」感想

 今回は文学作品。かの有名な「ジーキル博士とハイド氏」を取り上げます。
 怪奇小説の体裁をとりながら、人が持つ心の二面性と、それに苦しむ男「ジーキル博士」を描いています。
 ページ数は少ないですが、かなり読み応えのある内容です。メッセージ性を持たせつつ、それでも難解にならなさすぎないように描かれているので、そこまで読むのは大変ではありませんが。

 再読。
 上品で綺麗な文体で、人が持つ悪の心に傾倒した結果、耐えられず、自滅したある男を描いた作品。
 性善説とは違って、人間は、善と悪の二つの心を持ち、それらが微妙な均衡の上で成り立っている。
 それらのバランスが崩れることで、人は悪行に走る、というのが本書の内容。
 作中ジーキルは、自分自身の悪の心を肯定することができず、だが否定もできず滅んだ。
 独白によって語られるジーキルの手記からは、それらがじわじわとにじみ出ている。

 人は、自分自身のさまざまな「心」を受け入れながら生きて行くしかない。ふとした拍子に悪の心が顔を出しても、それも自分のひとつなのだろう。


 以下ネタバレ含む感想。

 あらすじ。
 弁護士である「アタスン」は、ある日友人から、「ハイド」という男の話を聞いた。なんでも、子どもを踏みつけて平然としているような、不穏な雰囲気を持つ男だという。
 しかし、アタスンはハイドのことを知っていた。高名な「ヘンリー・ジーキル」博士の遺言に、ジーキルが失踪、死亡した場合、ハイドに財産を譲渡する、と書かれていたからだ。
 そこでアタスンは、なぜジーキルがハイドにそこまで尽くしてやるのか、尋ねることにした。もし脅されているようなら、助けるつもりで。
 果たして、ジーキルはアタスンの提案を跳ね除けた。それもそのはず、ハイドとは、ジーキルが自ら調合した薬によって、悪の心を解き放つために変身した姿だったからだった。

 だが、それは、ジーキルの破滅へ繋がる道だった……。

 終わり。

 二重人格、といって良いかは分かりませんが、人の持つ二面性を描いた作品ではあります。
 普段生活している中でも、裏表の激しい人というのは、結構いると思いますが、本作品はそれが行き過ぎた結果として破滅することになる、という内容です。

 ジーキル博士は、名誉のある地位にいて、徳のある人物と言われながら、その身、悪行に手を染めたがる心も持っていました。
 これは大多数の人が(自制できるかどうかは別として)持っているものではないかと思います。
 本当に悪戯程度の些細なものから、殺人といった大きなものまで、種類はさまざまですが、人は多かれ少なかれ、ちょっとした「スリル」を味わいたいと感じているはずです。

 しかし、ジーキルは、そのスリルを完全かつ安全に行うため、ハイドという人格を解放しました。
 その結果、徐々に「悪の心」が肥大化し、善と悪の均衡の上で成り立っていたジーキルの人格が消滅するという道を歩みました。
 もちろん、完全に消滅していなかったかもしれませんが、彼が死んだことによって、それはもう明るみに出ることはありません。

 ジーキルは、ハイドのことを自分の一部だとは理解しながらも、「かれ」という言葉を使って、かたくなに自分ではない、と認めることをしませんでした。私は善良な人間であり、全てはハイドの責任だ、と。
 最後の手記においても、結局、ジーキルは自分の消滅を恐れているだけで、ハイドを生み出したことによる後悔は感じているようには思えません。

 これが、破滅するかどうかの分かれ道になるのではないでしょうか。
 悪行を行った自分を認め、受け入れて罪を償ってこそ、人は生きていけるのではないでしょうか。
 たとえ発作的に起こした悪行でも、自分のしでかしたことだから、と受け入れなければならないのでしょう。

 自分の悪の心を全否定するということは、精神の均衡を崩すということに繋がるのでしょう。

2014-11-10 : 本(小説・漫画)関連 : コメント : 0 :
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風見澄香

Author:風見澄香
 据え置きはPS4しかないSONY大好きな雑食管理人。
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