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映画「ミリオンダラー・ベイビー」感想

 今回取り上げるのは2004年のアメリカ映画『ミリオンダラー・ベイビー』です。
 例によって監督・製作・主演はクリント・イーストウッドというわけで。
 見たことはあるので、内容は結構覚えていましたね。でもやっぱり悲しい気持ちになるよ……。

 ボクシングという題材を扱ったスポーツ映画では"ない”。
 と、私は思う。確かに前半部分はボクシングの試合が続くけれど、後半になるにつれて徐々に作品のテーマが提示されてくる。

 扱うテーマがテーマだけに、複雑な印象を抱く人も多いだろうけれど、この作品を見て感じたことを(肯定も否定も)大事にして欲しい。
 正しい答え=理屈だとかいう固まった思想を安易にとるんじゃなくて、ぜひ自分で考えて欲しい。


 以下ネタバレ含む感想。

 あらすじ。
 老人「フランキー・ダン(クリント・イーストウッド)」は、応急処置係からトレーナーとなり、優秀なボクサーを多く育ててきたが、安定した慎重な試合を組むことから、多く活躍の機会を望む選手は、彼のもとを去って行った。
 そんな中、彼が経営するジムに、田舎から出て、ボクシングの選手になることを望む「マギー・フィッツジェラルド(ヒラリー・スワンク)」が訪れる。

 八年育てていた選手が去り、ショックを受けていたダンは、厳しい生活の中でもボクシングの練習を止めず、ダンのもとでならボクサーとして大成できると信じているマギーのトレーナーをやってみることにした。
 マギーは32歳になる現在でも家族の愛を知らず、ボクシングにしか楽しみを見出すことができなかったのだ。そして、ダンもまた家族(娘)を愛しながら、持ち前の不器用さによって良好な関係が築けないでいたのだった。

 家族関係の不和という共通点のある二人は、徐々に奇妙な絆を結んだ。そして期待に応え、マギーは試合を勝ち続けていた。
 ダンから贈られた、ゲール語で“モ・クシュラ”と書かれた絹のガウンが彼女の代名詞となるほどに勝利をおさめるマギー。
 立派なプロとなり、喜ぶと思って母親に家を贈るも、「生活保護が切られる。お前はお金だけを送れば良い。どうせこの町の笑いものなのだから」と家族関係は改善しなかった。
 「わたしにはあなただけね」と呟くマギーを見たダンは、内心の不安を抑えて、ウェルター級タイトルを賭けて、相手を殺しかけないほどの汚いファイトをとることで有名な“青い熊”の異名を持つボクサー「ビリー」との試合を行うことを決める。
 勝ったら“モ・クシュラ”の言葉の意味を教えよう、と告げられて試合に臨むマギー。

 マギーは見事な腕前でビリーを追い詰め、このまま勝利をおさめるかと思ったが、ラウンド終了時、ビリーの不意打ちによって倒れ、差し出された椅子に首を打ちつけて、マギーは全身不随となってしまう。
 これに追い討ちをかけるように、家族はマギーの稼いだお金を盗み取ることしか考えず、一切の情をかけない。
 マギーは次第に絶望してゆき、ダンに「こんな生き方はイヤだ。私は生きるために闘ったのだから」と語り、舌を噛み切り自殺を図るが、幸いにも助かる。

 敬虔な信徒であるダンは、マギーの望む“自殺幇助”について、宗教と現実との狭間で揺れるが、「これ以上彼女を生かすことは、殺すことになる」と思い始める。
 やがてダンは、マギーに「“モ・クシュラ”とは、愛する人よ、お前は私の血だ。という意味だよ」と、教えて、(人を殺せる量の)アドレナリンを打つのだった。

 そうしてダンは姿を消したのだった。

 終わり。

 今回も短く。

 私が受け取った作品のテーマは尊厳(死)ですね。ダン自身も教会に通う敬虔な信徒であり、マギーの自殺を助けるときには相当な苦悩があったことでしょう。
 人が持つ唯一の「命」。それを奪うことは悪です。しかし、作中でも言っているように、「生かす」ことが「殺す」ことになってはいけないんでしょうね……。

 マギーが掴んだ栄光の人生、それが悔いとなる前に、死ぬことができて、救いになったのではないでしょうか。……。

2013-10-26 : 映画関連 : コメント : 0 :
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風見澄香

Author:風見澄香
 据え置きはPS4しかないSONY大好きな雑食管理人。
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